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過去を正当化するのではなく、正当評価する

「あの経験は結果的に良かった」
というのことをしてしまっては、全ての経験が正当化されてしまう。

あれもこれも正しいとしてしまったら、
これからの自分の行動全てが正当化されてしまい、
行動指針が消滅してしまう。



そうではなく、僕は、
「あの経験はもったいなかった/無駄だった」と評価し、
「だからこそこれからはもっと良い方向に進めるようにしよう」
と考えるようにしている。


特に、最近は、過去の自分の経験は
使い捨てだとも思っている。

過去に何をしたから、というのは現在の基準にならない。
ただ、そこから学んだことは使える。


すごくおいしいジュースを飲んだからと言って、
ジュースの入っていたペットボトルを見せつけて自慢するようなことはしない。


話を戻すと、「まずい経験も今の自分の身になっている」とよく言うが、
失敗から学ぶことというのは消去法でしかない気がする。

ここで、消去法=調整という意味にとれると考えてみる。
そうしたときに、調整ばかりでは物事はほとんど進まない。
達成のための大きな道筋を学んだ上でないと
調整のスキルがあってもそれほどの意味を持たない気がする。

過去の失敗の経験を活かすのであれば、
「うまくいった部分」と「だめだった部分」に分解し、
前者をこれからの行動の大きな指針に加え、
後者を調整するための知識として蓄える、という形がしっくりくる。


そう思えば、自分の人生、大きな失敗や無駄が多かったなぁ。
調整スキルだけが無駄に育ってしまった気もする。


昨日でも昔でも、反省材料はたくさんある。
でも、少しだけど好きな人達が喜んでくれたこともある。
それが挫けない理由なのかもしれない。



最近は人の顔を思い浮かべるときに、
その人の笑顔が思い浮かぶのが嬉しく思える。


好きな人達との思い出が少しずつでも笑顔で一杯になればいいなぁ。
そのために、過去を正当評価していきたい。
昔の自分を人生経験を理由にして、甘く評価しないようにしたい。
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