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雨降って雨が降ったと言われても

誰かにフィードバックをするときに、
「私はこう思う」「私にはこう見える」
という意見が聞けるのはとても有益なことだけど、
それが、誰にでも(行為者にでも)分かるようなことであれば、
それは「ただの攻撃」になりかねない。

失恋した時に、
「失恋したよね」と言われても、
何の解決にもならないし、落ち込んでしまうだけだ。

問題があり、解決しないと行けない状況ではあるが、
そこに、行為者の「考える余地」がないと、それは攻撃になってしまう。

指摘は確実な答えでなくてもよいし、間違っていてもほとんど問題無い。

事実(らしきもの)を突き付けてしまうだけよりよっぽど良いと思う。


昔、サークルの後輩が、
「『走っている』とか、そういう事実じゃなくて、
『何で走っているのか』ということを、外れててもいいから
コメントしてあげて欲しい」
と言っていたのを思い出す。

先輩、特にリーダーとしてアドバイスするというときに、
原則的に事実描写だけではいけないように思う。
事実をそのまま伝えるのであれば、「相手が気づきにくい事実」を伝える、
のでないと、誰でも分かるような事実を指摘しては、
言葉の影響力も乗じて、相手を追い詰めかねない。

雨が降っているときに
「雨が降っている」と言うことは
額面以上の意味を感じさせてしまう気がする。
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