スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

愛すため彼らを嫌う覚悟して

博愛という言葉を携帯に内蔵されている辞書で調べてみた。

はくあい [博愛]
すべての人を広く平等に愛すること。


全ての人を愛する為の手段として僕がすぐに思い付く方法は以下の2つ
① 人以外のもので愛さない対象を作る
② 人を部分的に愛する
③ それぞれの「愛」に色をつけられるようにする

ここで愛するという意味も携帯の辞書で調べてみると、

あいする [愛する]
[他]
1 人や生き物にとても好きだという気持ちをもつ。
2 異性を恋しく思う。焦がれる。慕う。
3 ある物事を価値あるものとして心から大切に思う。
4 好む。愛好する。

という意味である。
わざわざ辞書を参照しなくても
「特別でポジティブな気持ちを抱く」
といった意味があることは分かるだろう。


一方、
「全ての対象に対して、特別な気持ちを抱く」
という言葉が矛盾に陥りやすいことも気づくかもしれない。

つまり、
「全てが特別」となってしまっては、
それが「特別」では無くなってしまうのだ。


これらの事を考慮して僕の考えた解決策を考慮すると、
①は愛する為に「愛さない対象」を作るという方法。
「博愛」という言葉は対象が人であるようなので、
それ以外に愛さない対象を作ることで、
「人間=全ての対象」となることを回避し、
全ての人間を愛することを可能にする。

②においては、全ての対象を人間とした時にも通用する解決案。
つまり、各々の人間に対して「愛する部分」と「愛さない部分」を分けて持つことで、
結果的に全ての人間を愛することができる。

この場合、「好きな部分」が全体に比べて「特別」
だとみなせる程度の割合でないといけない気がする。
この部分(後半)は恣意的にならざるを得ない気もする。

そして、この考え方を採用すると、
「愛がありすぎて殺したい」という言葉が理解できるかもしれない。

③の場合は他の言葉の例を考えるとわかりやすいかもしれない。
例えば「~を思う(想う)」という言葉。

「A君を思う」と「B君を思う」というのは形は同じだが、
おそらく高確率で意味するものは違う。

これと同じように「愛する」という言葉も色分けできるようにすれば、
対象が全体になったとしても意味をなすことができる。

彼には「爽やかさを与えてくれて心地好いから好き」という意味の「愛する」、
彼女には「いつもゆったりした雰囲気を感じさせてくれて心地好い」という意味の「愛する」

といった風に愛の色分けをする。

この場合、「好き」との意味の違いを意識する必要があるかもしれないけれど、
「愛する」という言葉を複数の意味に捉え直す、
つまり「愛する1」、「愛する2」、「愛する3」、、、とすることで、
「愛さない1」、「愛さない2」、「愛さない3」、、、を生み出し、
かついずれかの「愛するn」を持っていれば「愛する」とみなすことで
全ての対象を「愛する」ことができるのである。



つらつら述べてみたが、
「全てを愛している」ということが実は
「何も愛していない」ということと同義になってしまう
危険があることに気づくかもしれない。

下手すると「全ての人の身長は高い」と言ってるのと
とても似た意味になってしまう。


はたまた、
博愛を達成することの難しさに気づくかもしれない。



僕があなたを愛するにあたり、
僕は何かを愛さないことが必要となる。

愛さないというのは
憎むのかもしれないし、無関心かもしれない。

僕は「愛する」という言葉はあまり好きではない。

それは誤用の多さや定義の幅の多さにより、
人に自分の意図が伝わりにくく、
かつ
強烈な言葉だからなんだと思う。



あー
もしかしたら「愛」の感覚を近いレベルで
共有できる人とは愛し合えるのかもしれないな。
スポンサーサイト
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

非公開コメント

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
QRコード
QRコード
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。