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憎まずに全てのものに無関心

嫌いなものを食べる時の僕の心構えです。

僕は昔から偏食だったのですが、
大学生になってから徐々に色々なものが食べられるようになりました。
しかし、それと同時に「好きな食べ物」への情熱が薄れていった気がします。

嫌いなものを食べるには、
「その食べ物を好きになる」のではなく、
「他の物を嫌いになる」という方法を取る。

昨日の日記の内容の逆を試みるのである。
http://mrichiro.blog73.fc2.com/blog-entry-165.html

「好き嫌い」ということは相対的なことだと僕は思う。
だから、「他の食べ物との『嫌い度』の差を縮める」のである。
そして、食べられるレベルまで「嫌いな食べ物」の嫌い度を下げる。

つまり、「好き度」と「嫌い度」をトレードすることで、危険回避をしているのである。

食事会の参加の回数に比例して、
自分の好きな食べ物が無くなっていく。
というか、好きな食べ物への感動が薄れていく。

今や、生のトマトへの抵抗も薄れようとしている。
これは大事件だ。


ただし、未だ納豆への嫌悪は未だ強く維持している。
もし、この存在を認めてしまったら、
本当に食べ物への感動を完全に失ってしまうことになるのかもしれない。


ただ、守勢だけではいけない。
やられるのも時間の問題だ。


ここで、食べ物への感動を取り戻すために攻勢に回らなければ。

ということで、僕が今から食べ物への感動を取り戻すためにすべきことは、
①嫌いな食べ物を沢山見つける
②食材・料理の種類ではなく、各料理のおいしさを分析できる味覚を身につける
の2つかなと思う。

①は、たくさんの食材を見ればいいと思う。食べなくても良い。

少し矛盾を感じるかもしれないが、
「絶対に食べたくない」と思える食材を見つければ良いだけである。
皆さん、そういう食べ物があれば教えてください。
見るだけだけど。


②は時間と訓練が必要である。
今までは好き嫌いをその料理のスタンダードな味、
あるいは食材の味単位でしか判断できていない自分がいる。

「味の組み合わせ」レベルで料理を分析できるようになれば、
同じ料理や食材でも美味い/不味い、つまり、好き/嫌いを判断することができ、
食への感動を復活させることができるのだろう。

思えば、味覚の訓練は全くしてこなかった気がする。

たぶん、味覚の鋭さは日本人の中でも
かなりアメリカ人のレベルに近いのではないだろうか。
(もちろん、趣向は全く違うのだが)


グルメな人、僕の舌を鍛えてください。


お金はないので「安くてうまい店」を教えてくれれば超嬉しい。


手遅れかもしれないけれど、
手遅れかどうかはいつまでたっても分からないので、
ちょっとは今までの怠惰の結果に抗ってみたい。
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