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落ち着いて涼しい顔で汗垂らす

急いで目的地に到着したときに、
「息切れを示そうとする人」と
「息切れを気にしない人」と
「息切れを隠そうとする人」がいる。

2つめの人は置いておいて、
「示そうとする人」(以下、「示人」)と「隠そうとする人」(以下、隠人)
の違いについて考察してみる。


ちなみに、僕は隠人である。
なぜなら、
急いできたこと自体が恥ずかしいことだから相手に見せたくない、というのと、
そんなくだらないことに気を使わせたくない、という思いがあるから。

でも、汗はどうしても抑えられない。

僕は体育会系じゃないが、体育会系は隠人が多い気がする。
(単に体力があるだけかもしれないけど…)



また、示人はどの組織にでも1人はいる気がする。
塾でバイトしていた時に、どのクラスでも1人はいたし、
大学入学後も、どこにでもいる。

遅刻したり、走ってきたことをアピールするかのように
大げさに息切れをしてみせるような人。

いつも(そんなにアピールせんでも分かったっちゅーねん)と思いながら、
「大丈夫?」と聞くようにしている。

ここで、多くの人は
世界中の苦難を一身に受けているかのような苦しさを示しながら、
息を切らしていることをアピールしつつ、「大丈夫」と答える。

正直、こういうアピールは見苦しいと僕は思う。


もちろん、遅れてきたから急いでくるのは自然で、
それによって息が切れるかもしれない。
でも、そこで息切れを隠そうとするか、
息が切れることをアピールするかによって、
その意識に雲泥の差を感じる。


つまり、隠人は
「申し訳ない/迷惑をかけないようにしようという気持ち」を持っていて、
示人は
「許してもらおう/心配してもらおうという気持ち」を持っているのだと思う。


示人は相手に迷惑をかけた上に相手に心配を乞う。
相手の時間を奪いながら、さらに奪うことにもなる。
隠人はできるだけ心配をかけさせたくないと思う。
もしかしたら強がりの気持ちもあるかもしれない。

いずれにせよ、人の演技というのは大抵、拙いものである。
息が切れるぐらい急いだ後の演技ならなおさらである。
示人にせよ、隠人にせよ、その稚拙な演技は見抜かれる。

よって、示人の態度を見ると心配なんかしたくなくなるし、
隠人の態度を見ると許したくなる。
つまり、彼らの見て欲しい姿と真逆の印象を与えてしまっているのだ。

よくよく考えれば、「見て欲しい姿」というのは、
本来の姿とは違う姿であるから、そう見て欲しいのである。
演技が下手であれば、「本来の姿」=「見て欲しい姿ではない姿」
が見えてしまうのは当然と言えるのかもしれない。


僕は相手が遅刻した時に、
「ごめんなさい!」と言う言葉と同時に入ってきて、
息を一生懸命整えようとしながら、額に汗を垂らしている姿を見ると、
遅刻を見逃すわけではないが、相手の誠意を感じる。


そういえば、あの後輩はよく遅刻するが、
遅れてきたときはいつも申し訳なさそうに
人一倍仕事をしようとしている気がする。


遅刻することはマイナス評価につながることだけれど、
彼のようなタイプなら大目に見ようという考えを
よぎらせてしまうというのが正直な気持ちである。


まぁ、思いがよぎるだけでしっかり注意はするが。
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