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忘年会今年もヤツが暴れてる

僕は最近色んな集まりに参加している。

やはり初めてで飛び込むことも多く、
「明らかに空気が合わない」という状態にも陥る。

そういうときは「参加者」という立場から
「観察者」という立場に変わるようにしている。
(それから静かになりすぎて他の人に心配されたりするんですが…)


なじめないような会の特徴は何だろうかと分析する。

今は学生の身なので、
「楽しくない会でこれから関わらないような人にゴマするなんてありえない。帰る。」
というスタンスなのだが、
おそらく社会人になるとそういうわけにはいかないから、
僕は今の間に勉強するだけ勉強して帰るようにしている。

そして、自分が将来、年長者になって、会を開かれる立場になれば、
こういうことを思わせてしまうような会を開かないでおこうと思う。

つまり、帰る瞬間は「もうたいして観察すべきことはないな」というとき。


すごく苦手意識を持ってしまうのは、
「年長者を全員(年長者も含めて)で持ち上げる会」

年長者が自分勝手に振る舞い、
中堅どころが彼らを気遣って持ち上げ、
新人は年長者の思うままに巻き込まれる、
という状況は我慢しがたい。

しかもこの傾向はらせん状に色が助長されていく。


特に、若い組織でそれが成り立っているときは不快が顔に出ていると思う。


なぜなら、年長者は「卒業するまで常に年長者」だから。
ある世代以下になれば
「新人、中堅、年長」という手順を踏むのだが、
若い組織の年長者は常に年長者である。

だから、彼らは「自分勝手にできる年長者」しか経験しない。

その身分に甘んじて年長者が自分勝手にしている姿を見ると、
僕は軽蔑せずにはいられない。


いやらしい人は、「年齢」と「伝統(歴史)」と「経験」を武器に、後輩を責める。

「お前はなにも分かっていない」と説教をする。


彼らは死ぬまで年長者しか経験しないのに。


という状況が耐えられない。



彼らはずっともてはやされ、恐らく死ぬまでその組織の年長者である。



僕にはそういう人をもてはやす有効な理由が見つけられないので、
年上年下関係なく、尊敬する人と話をするようにしているのだが。



僕はバランス、あるいは全体最適を考えてしまうタイプなので、
年長者が新人を気遣いながら楽しみ(というか学ぼうとし)、
中堅は年長者を気にしながら(というか自然に気になりながら)楽しみ、
新人が遠慮しながらも自由にできる。
という環境の方が平和で僕は好きだ。


よく、年功序列型の会が「社会勉強」という言葉で片づけられるけれど、
僕は「勉強」という言葉がくっつくほど学ぶ内容があるとは思えない。
あんなものを学ぶには1回で十分だと思う。

「社会経験」という名前で十分じゃないだろうか。



人生経験を積んだ人はマジックワードをたくさん使える。
「伝統」「歴史」「みんなこう言っている」「当たり前だ」
「これまで~だった」「もう決まったことだ」「経験が無い」
「考え過ぎだ」「やる気がない」「何も分かっていない」
など。


新参者には太刀打ちできないフィールドに上って、
自分の地位を守ろうとする人がいる。


僕はそういう人にはなりたくないなぁ。
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