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矢印で半年分を収穫し

今日は研究室の先輩と研究の話をしてきました。

D1の人とD2の人なのですが、
基本的にこの人達の話を気を抜いたまま聞くと、
何を言っているのかすぐ分かんなくなるんですよ。


一人はある企業のプロジェクトを「太さのある矢印」と例えるし、

一人はある評価制度の運営を
「父性と民主的アプローチの比較」
を媒介にして説明しようとする。
しかも後者は最終的に「つまりエロいってことです」と結論付けようとする。


何言っているのか分かんない。


ただ、それを紐解いていくのが面白い。


もちろん、それぞれが自分の専門の分野(というか好きなこと)を
しているので、前提の知識の量は圧倒的に少ないし、
その背景や多くの論文の説明をしてもらう時間もない。

という圧倒的に不利な状態から、
相手の言う抽象的なものを理解しようとする。


その時には話の全体像を捉えて、
この話での重要キーワード、
自分が分かっていないところ、
今知ることができないところ、
全体に筋を通すために理解が必須なところ、
自分の知識の中に応用できそうな知識をもっているところ、
など、相手の話のマップを描いて、
各部分を色づけしていく必要がある。

当然、全て頭の中で。


その上で、相手の言うことを理解するための問いを作っていく。
「問い」の形を取らない場合もある。
「確認」、あるいは「自分の理解を勝手に正しいものとして話を進める」
という方策をとることもある。

例えば、

「矢印」の主体は何か。

「民主的アプローチ」ってのはどういうこと?

もしかして分からないのは「父性」を正しく理解できていないから?

「エロい」というのはどういう形容詞を言い換えているのか。

矢印ってことは遠くで起こったことでも問題なく足し合わせることができる。

「矢印の太さ」っていうのはどういう軸を取ったときの「太さ」なのか。

「太さ」ってフィールドを変えると「方向性」と言いかえることができますよね。


などなど。


そういう問いと答えを組み合わせることで、
彼らの理論が自分の中に、自分の理解しやすい形で吸い込まれていく。

それぞれが抽象的なイメージしか持っていなくて、
傍に黒板程度しかない状態では、
すごく細かいイメージのすり合わせは捨てる。

今回はもともと構想段階の議論で、
かつ、極端に抽象化した話をしていて、
それほど相手との認識の違いは意識されない。

「そういう取り方もできる」というレベルのイメージをくっつけていき、
お互い筋が通るところが始めのゴールであるように思う。

もしも、すり合わせをするのであれば、
お互いに全体像のイメージができてからである。
そこから色味、繋がり方、幅、重み、方向などの議論を進めて
共感部分を広げていく。

ただ、完全に共感部分を一致させることはできないから、
そのゴールは設定しないといけない気がする。
例えば「何かの事例を同じ言語や理論で捉えられる」程度、など。


こういうのが、楽しい。


こういうときは院生というものを楽しんでいるような気がする。


圧倒的に知識が足りないところから
知識の圧倒的な差を保ったまま追いつこうとし、
さらに、相手と違う方向の提言をしてみる。


そして、議論がお互い、思いもよらぬ方向に進んでいく。


3人寄れば文殊の知恵とはよく言ったものだと思う。


個々人の発想力ではたどり着けない場所にたどり着くことがある。


お互いが遠慮無しに自由に話しているはずなのに、
個々人の価値観、全ての軸で「より良い」と思うものが生まれてくる。


そんな瞬間、気持ちがいい。
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