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旅立ちて自由な母でも子を思ふ

「研究の道に進むと自分の思い通り、自由に研究ができる」
ということを先輩や先生からよく聞いているのだけど、
良く考えると、僕にはそんなことはできないのだろうな。

どこまでを「思い通り」と定義するかにもよるのだけれど、
少なくとも、僕は誰かのことを気にしながら研究テーマや内容を決めようとしてしまう。

それは論文が通るかどうかという政治的なことではなく、
その論文で至った結論が誰に、どのように影響をするのか、
ということを第一に考える。

必ずしも、知的好奇心が最優先事項にはならない。
(この時点で学者に向いていないのかも知れない)


僕の専攻はリーダーシップ論である。


海外の論文を見ていると、
リーダーのどのような行動が
もっとも効果的にフォロワーの行動に影響を与えるか、
あるいは組織の業績を向上させるか、などといったトピックを扱う。

しかし、僕はこういった研究をしたいとは思わない。

なぜなら、「優秀なリーダーシップを生み出す条件・方法」が
論文によって発表されていけばいくほど、
リーダーへの過負荷・過期待が助長される気がして怖いからだ。

リーダーシップ関連の論文で、
「ある行動」と「成果や行動」との相関は
自然科学(理科とか物理とか)よりも低いものである。

絶対に効果的なリーダーシップの理論は現状、存在しないといってもよい。

しかし、多くの読み手(特に初学者や非アカデミックな人)は
あまり統計・数字の読み方を知らないがために、
結論を読んでそれを鵜呑みにする。

つまり、程度を見ない。
(ってか見れない)

タダでさえ初学者なのに、
彼らに統計を読めるようになれというのも酷な話なので、
僕は、彼らによる無意識の暴走を止めることが必要だと考えてしまう。
(僕なんかの研究に効果があるかどうかは置いておいて)


結局、誰か(今回はリーダー)を気づかってしまうみたいだ。


ちなみに、僕の研究テーマは
「リーダーシップロマンス(リーダーへの幻想)の崩壊」
である。

リーダーというものに対して、人は過剰な期待を抱いてしまう。
これがRomance of Leadership (Meindl(1985))

しかし、そのロマンスは次第に解消されていき、
最終的には愛想を尽かす人が出てくる。

私はその崩壊過程と、崩壊後のフォロワー(リーダーの逆)の動向に注目しようとしている。


最近は就職活動においても「リーダーシップの重要性」というのが説かれている。
様々な優秀(と嘯いているよう)な人がリーダーシップの持論をそこかしこで語っている。
いつからか、リーダーシップという言葉(だけ)が世の中に浸透してしまっている。

しかし、前述したとおり、僕はこういった流行とともに、
リーダーシップへの過負荷や過期待を当たり前に思う風潮が
生まれてきているように感じ、それを非常に危険なことだと思う。


確かに、リーダーに抜擢されるような人の多くは優秀な能力を持っている。


しかし、だからと言って、彼らに負荷をかければいいってものでもないと思う。
例えば、もっと余裕を持たせて、もしもの時に動ける優秀な人材を持っておく、
ということも考えてもいいのではないだろうか。

最近のマネージャーはプレイヤーである比率が高すぎて、
動きが小さくなっているように思う。

忙しいながらも大きな仕事をこなす人はいるけれども、
細かい雑事に追われて、小さく収まってしまっている人が沢山いる様にも感じる。


もっとフォロワーも自立して成長できるのではないだろうか。
もっとリーダーは自由に動いても良いのではないだろうか。


そういったメッセージを込めながら、
僕はリーダーシップロマンスの崩壊についての研究をする。



久しぶりに本業について書いたなー。
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