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こたつの中 優しき犬が丸まりて

「優しさ」っていうのは一人では感じられないし発揮できない。

優しさを感じるのはあくまで受け手であり、
行為者の心理や行為だけでは成立しないものである。

つまり、優しいというのは「受け手側の事実」である。

受け手が優しいと感じればそれは優しいのである。

逆に言うと、行為者がどんな想いを込めて接したとしても、
受け手が優しいと感じなければ、そこに優しさは生まれないのである。

「あんなに優しく接したのに」という言葉は
ただの自分の感覚の押し付けである。

これは行為者にとって、理解の不可能性と
無限の追求を求められる可能性を孕む、残酷な考え方とも言える。

つまり、優しさを感じているかどうか、も分からないし、
優しさをどうすれば感じさせられるか、も明確にならないのである。


関係って面白い。

2者以上になることで使える単語、概念が増える。

優しさ
信頼
伝達
冷たさ
などなど。


上にあげたような要素を向上・発展させたいときには、
行為者である自分自身の行動のみに着目していてはいけない。

相手側の状態・行為にも焦点を当てる必要があるのだ。

これは塾講師の経験において感じたことでもある。
大事なのは行為者が伝えた気持ちになることではなくて、
受け手に伝わるかどうかなのである。


2者以上の問題を取り扱うとき、
何がその問題を生み出すのかを正確に把握しないといけない。

どれだけ話のスキルが高いアナウンサーだとしても、
彼/彼女が必ずしも良いアナウンサー/伝え手であるとは限らないのである。




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