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事務作業の裏側に感謝できるのか

今日と明日は大学で講演会の準備の手伝いをやっています。

こういう事務的な手伝いは去年のバイト以来なので懐かしさを感じます。

今日は、講演で必要な書類をまとめながら、
「この書類を作るのに関わった人ってどれくらいいるんだろう」
と考えていました。

この書類を作った人がいて、
その書類を閉じて整理した人がいて、
それをまとめた人がいて、
一カ所に集めた人がいる。

もっとさかのぼると、
この紙の製造者がいて、
プリンターの整備をした人もいて、
ホッチキスの芯を作った人がいる。

もっとさかのぼると、
…やめましょう。

全部数えるのは僕には無理です。


そこで僕は更に考えました。

「じゃあ感謝の仕方はどうすればいいの?」

関係した全ての人に感謝する。

そういうことをいう人がいるけれど、
数え始めたら関係した人っていくらでもいそうだ。


昨日、ある会で行っていたらしい言葉。
「ありがとうの反対は当たり前」
この言葉は優れた言葉だと思う。

しかし、数え漏れがあると、
その人を「当たり前」と思うことにならないか。


そんなことを考えていた。

そこで僕は解決方法として2つの案を考えた。
(1)「全て」から考える
(2)感謝のルールを決める

(1)「全て」から考える
「ひとつひとつが集まって全体をなす」という考え方では漏れが出る。
だから
「全体の中に個がある」という考え方で全体をとらえる。

そうすれば、漏れが無くなる。

全てに感謝します→だからあの人にも感謝しています。
という順序なら問題が無い。

だから「あの人とあの人と…に感謝します」と決して言ってはいけない。
数えてはいけない。
積極的に個に感謝しに行くと、漏れる個が生まれてしまう。

全ての中に個がある。
そのような全体観を持っていれば
「全てに感謝」ということが可能になるのだと思う。

「いただきます」の正しい考え方もこのようなものである気がする。


(2)感謝のルールを決める
「ここまでだと決めているのです」と言えると問題が生じない。

例えば、「今回は参加者と協賛だけに感謝する」と決めてしまう。
つまり、感謝の対象数を有限にする。

他の個には感謝しないわけではない。
しかし、他の個にこちらから感謝をしに行ってはいけない。
そうなれば、前述と同じように、漏れが出るのだ。

また、感謝の対象を決めるときに、
できるだけ明確で論理的な理由をつけないほうがよい。
それは「なぜそれだけなのだ」という問いに対する
極めて真っ当な答えは作りにくいからだ。

なにか資源を消費する必要があれば理由をつけやすいのだけど、
今回は感謝の話なので、相手を論理的に説得することは難しい思う。

対象外の人が不満を行ってきた時には感謝すればいい。
曖昧な理由などをつけてミスだ、なんて言ってしまえばいい。

ただし、何度も言うが、自分から対象外の人に感謝してはいけない。
それでは全てに感謝できなくなる。

これは、恩の起源を遡(さかのぼ)りはじめると
キリがないということも同じような問題だと思う。

例えば、ペイフォワード(Pay forward)というのは
「遡らない」というルールを決めること、とも考えられる。

このようにルールを決めれば、そのルール内では感謝し尽くすことができる。





こんなこと考えながら、舞台の脇に立っていました。
雑用にも思考のヒントが沢山あって面白いなぁ。


ちなみに、「全てに感謝することが正しい」
とは言っていないのでそこは誤解なきよう。

「全てに感謝するには」ということを考えただけです。

あと、僕はペイフォワード大好きです。
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