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私とあなたと確率と

自分事と他人事では確率の捉え方が変わります。
そして今日はそれと上司・部下論
(あるいは就活論ともいえる)を結び付けてみようと思う。

そろそろブログ書かなきゃ、と思ったのでちょっとがむばる。




突然ですが、宝くじの期待値は知っていますか?





宝くじの期待値は一枚につき約-155円です。


つまり、「1枚買ったら155円損しそう」ってことです。

宝くじ側に利益が出ないと行けないので、
購入者が不利なギャンブルであることは当たり前。

それでも人は0.00002%の2億円に賭ける。

自分のことだから。


でも、友人が宝くじを買う時に、
上の事実を知っていたら購入を薦めるだろうか?


もっと言うと、あるグループのリーダーだったとする、
メンバー達があなたを頼って、「宝くじ買いたいんですけど」
と言ったとする。あなたはどう助言するだろうか。


さらに行くと、あなたは市長である。
市民達が宝くじを買おうとしている。
あなたはどういう対応をするだろうか。
(公共事業にお金が行く、とかそういう議論は無しで。)



自分の事だと確率は無視できても、
人のことのときは確率が無視しにくいし、
集団のことだったら、もっと確率の低さに
目が行ってしまうのではないだろうか。




さて、今度は次の文章を読んでみてほしい。


「1953年、アメリカ東部の名門・エール大学の卒業生に、

1.あなたは目標を設定していますか?
2.その目標を書きとめていますか?
3.目標達成の計画はありますか?

と質問をしたところ、
すべての質問にイエスと答えた卒業生は、わずか3%だった。
ところが、それから20年後、卒業生を追跡調査したところ、
驚くべきことがわかった。
この年に卒業した学生の20年後の総資産のうち、
なんと97%は、この3%の卒業生たちが握っていたのだ。」



結構有名な調査なんですが、
(ここでも時代が違う、とかいう議論は無しで)
こういう調査結果が出てても、
僕は「自分は目標立てなくても」と思ってしまう。

人生の目標を立てずに成果を出してやる、と思うタイプ。


さて、ここでもさっきと同じように考えてみよう。

人の人生に相談に乗る、
あるグループの人生相談に乗る、
市の長になって、市民に訓辞を送る。

その時に、上の調査を知っていても使わないだろうか。


あるいはシチュエーションも変えてみよう。
市長が職員の採用をする際、
目標を持っている人と持っていない人がいたときに、
上の調査結果が気にならないだろうか。



つまり、何が言いたいかっていうと、
立場によって確率の説得力は変わるということ。

自分事より他人事の方、
一人の事より組織の事の方が、
そして、組織が大きくなった時の方が、
確率の説得力が増す。


王様になることをイメージしたらより分かりやすいかもしれない。
例えば日本の王様になれば、「感染率1%の病気」は無視できない。
そういうことだ。


それを人に接するときには意識した方がいいと思う。

例えば、友達の人生の相談を受けるときは、
データや確率は自分が信じないのと同じぐらい信じないと思った方が良い。
(性格に依る部分もあるけれど)

上司に自分のことや組織のことを話す時は、
確率などデータの裏付けを取ったことの方が説得しやすい。

一方、「私は自分流でやります」という主張は説得力が低い。


また、僕は、
「上司になれば保守的になる」というのは信じていなくて、

それは「上司か部下か」というより、
「どれくらいの組織にコミットしているか」、
という所に保守的になる原因があると思っている。

だから大きい組織にコミットしているほど、
「出来そうなタイプの人間/行動」を認める(≒保守的)になるのではないか。
(ちなみに僕はできるだけ変な奴も活かせる人間でありたいとは思っている)




ここで就職活動の話に行ってみよう。

「就職活動は自分らしさを出せればよい」というが、
それで本当にいつも友達と接しているような砕けた自分を出していいはずがない。

あと、自分の価値観だけで当たっていっても、
面接官との相性に左右されすぎてリスクが高すぎる。
(しかもそれで仮に通っても、面接官との相性が良かっただけで
必ずしも会社と自分が合っているとは言えない。事前調査してるならいいけど)

また、
「優秀な人は○○ですけど、自分は違います」
というのはリスクがあることを分かっていて使わないといけない。

例えば、僕の場合、
「僕は目標を持ちません」というのは非常にリスクが高い。
それを分かって使う覚悟がいる。

「これは僕の個性です」と言うのは自分目線でしかない。
相手、特に沢山の優秀な学生を見てきた人からすると、
「僕は優秀じゃない確率が高いですよー」と言ってるようなもの。

だから、そこには「それでも大丈夫ですよ」という
説明or証拠or代わりの可能性ある個性 等を示さないといけない。


でも学生側に立つと、
「人はそれぞれ違うし、
就職活動の段階で「優秀な学生」である可能性は低いし、
自分の個性を良いものとして伝える方法が思いつかない」と思うかもしれない。

そういう人は、例えば
さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かすさあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす
(2001/12/01)
マーカス バッキンガムドナルド・O. クリフトン

商品詳細を見る


みたいな本で「認められる単語or説明」を見つければいい。

こういう本には沢山の「良い(と思われる)資質」が説得力ある形で書いてある。
その中から自分に合うものを見つけて使えばいい。

「ものは言いよう」なのだ。



つまり、どんな良い個性を持っていても、
相手によって伝え方を変えないと、伝わらない。

特に、確率や定理(のようなもの)の場合は
立場が変わると捉え方が凄く変わることに注意したい。


ここでは、「確率や定理を重視する上司を受け入れろ」と言っているわけではない。

ただ、「組織の責任を持っている人はそういう人が多い」
ということは頭の隅に置いておいた方がいいと思う。

そして、直前の2行はもちろん相手に言ってはいけないことなのは言うまでもない。
「あなたの相手」は「相手にとっての自分」だから。

そして、直前の数行に納得できるのなら、
自分も人に対して確率や定理を使って
考えているということを認めたほうが良いと思う。


僕も確率で考えることが多いのかもしれない。

そして、これからも沢山の定理や法則のようなものと出会っていく。

それでも、

もし、
そういうものに左右されて物事を判断していたとしても、
僕は自分の引き出しの中にいつまでも「自作の定理」は持っていたいと思う。


あー
twitterばっかりしてると文章かけねーなー
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