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選択肢と時間で不安を生む

一般に、人は何かをする時に選択肢を多く持とうとすると思う。

例えば、大きな目標を掲げている時、
例えば、危険を回避しようと思っている時、
例えば、終わりのない道をどんどん歩んでいこうとする時。

不確定な事に関しては多くの選択肢を持って対処しようとする。

「沢山の選択肢を持った時」は安心するし、満足する。
現金を持ちたいという心理もここにあるのかもしれない。
(日本ならほとんどいつでも、どこでも、何にでも使えるから)

しかし、時間がたてば、その選択肢が不安の材料になっていく。

時間とともに各選択肢に対する情報量が増えて判断しにくくなるし、
ゴールへの道のりの長さや、自分の状態など沢山の変化が生じる。

そんな中、目標やリスクが迫ってくるので決断を求められる。

その頃には始めに集めた選択肢が
当時のものとは全く違う意味を持ってしまっている。

自分に(根拠があろうとなかろうと)自信を持っている人は、
よりギリギリまで決断をするから追い込まれる。
(能力がある人はそれでもなんとかするから厄介)

しかし、成長したり、成果を残すに従って、
判断や課題が難しくなり、ギリギリまで残しておく
という方法に無理が生じてくる。

そうならないためには早い段階で選択肢を絞る必要がある。

つまり、始めは沢山持つ方が安心するのに、
最終的に絞るほうが安心するという風になる。

絞るのには勇気がいる。

だって、今までは沢山持っていることで安心できていたのだから、
それを捨てることが安心や満足に繋がる気がしない。

そこでも不安を感じるかもしれない。

でも、いずれ必要な不安で、
そこを飛び越えなければ不安が常に襲ってくることを考えると、
できるだけ早い決断が求められる。

なかなか踏み出せないならば、
そこでひと押しするスイッチを持っていればいい。

例えば
「正解の選択など存在しない。
自分の選択を正解にするのだ。」
という言葉などは背中を押すのに役に立つ。

もちろん、「選ばない/待つ」という選択もある。

その場合も、「選ばない/待つ」という
決断をするかしないかで大きく違う。

決断をすれば選ばないことに対して焦る必要がなくなる。

多くを持ったままでいることは不安を助長するのだ。


選択肢というと数えられることばかりに目が行くが、
数えられなくて曖昧なものにも同じことが言えると思う。

たとえば、抽象的で漠然とした言葉。

「優秀」「クール」「賢い」「チームワーク」など。

これは認識するだけならいいのだが、
例えばいざこれを目指すとなると困難になる。

つまり、生涯で幾度聞く/言うか分からない
「賢くなりたい」、「クールな女になりたい」などである。

この漠然とした芯の無いモノに進むのは凄く難しい。
ただ、計画段階では夢が膨らんでとても愉快なのである。

こういう場合は「定義」が重要になる。

定義によって曖昧なものを絞る。
そうすることでより目指しやすくなる

クール=寡黙でシンプル と定義するだけで
そこに対するアプローチを考える事ができる。

そうすればさっきと同じ話だ。

発散と収束。

それがセットでできなければ、
あるいは補い合う仕組みがなければ不安は助長されるばかりである。


そんなことを言っている僕は人の発言の真意が読めず、
溢れる妄想力でどんどん仮定を発散させている。。。

不安が取れない。。。

早く確認したいけど、すごく怖いなぁ。
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