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哲学者に影響されて夢を見た。

後輩の女の子とご飯を食べていると、
その店に友人達が押し寄せ、
彼らに気を遣って友人達の道案内をしている間に、
後輩の女の子が帰ってしまっていて、
寂しさを感じながら一人で街をさまよっていたら、
別の知り合いの女の子がいたので、
一緒にバーで飲むことになり、
その流れでホテルに行くことになって、
たどり着いたホテルの部屋が
「キティ仕様(女仕様)」と「エヴァ仕様(男仕様)」に分かれ、
なぜか1部屋だけ「ガンダム仕様」の部屋があり、
キティが嫌なので男用で唯一空いているガンダム仕様を選んだところ、
気付いたら女の子が帰っていて、
知人の男と一緒に入ることになり、
ホテルのシステムを聞いていると、
「時間内に様々なテーマに合わせてプレイができる」
という内容で、突然ワープし、なぜか橋の上で、
「アッー!」なプレイに突入することになったが、
いちいち相手を気遣う段取りがめんどくさくなって、
「チェンジ」と思った瞬間に相手が女性に代わり、
普通にプレイを楽しんでいたら、
いつの間にかまたワープして、
プレイの時間切れが近いことに気付いた僕は、
ホテルの場所を探すが、一向に見つからず、
タクシーを拾おうと道端で手を上げるが、
バイクに乗った女性が捕まってしまい、
そのまま二人乗りでもとのホテルを探すのだけれど、
たどり着くのはどこも怪しい場所ばかりで、
一向にたどり着く気配がなく、
二人で途方に暮れているところで目が覚める。


昨日から今日にかけて読んだ本は、
知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)
(2010/04/16)
高橋 昌一郎

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哲学・形而上学・科学(科学哲学)・論理学などをベースに、
言語の限界、予測の限界、思考の限界という三章にわたって、
知性の限界について述べている。

そこで出てきた
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン

ポール・ファイヤアーベント

他に、哲学を読んでいるとたびたび思い出してしまう
ミシェル・フーコー

なんかの私生活(というか性生活)が影響して、
冒頭のような夢を見たのだと思う。

(ちなみにファイヤーベントは4度結婚した情熱家(しかし性的不能)、
ウィトゲンシュタインとフーコーは同性愛者とされている)

本書は様々な立場の人物が登場し、
(大学生・会社員・運動選手などの一般人から(それにしては理解が早すぎる気もするが)、
論理実証主義者・ロマン主義者・複雑系物理学者など)
懇親会の形式で哲学的な議論が進んでいく。

神の存在、
科学とは、
予測可能性、
演繹法と帰納法、
世界と言語の関係性、
人間と言う存在、
宇宙論など、
様々な議論について
できるだけ一般の用語に落とし込んだ議論を読むことができる。

筆者曰く、多くの人が登場する対談形式にすることによって、
読者もその議論に加わりながら読んでほしいということらしい。

その目的が達成されるような形になっているかどうかは
反証が非常に難しいものだけれど、
少なくとも議論が可能に出来るようにと、
難しい議論が、(少しは)平易な言葉に置き換えられながら、
多数の不可解な問題についてなされている。

しかし、明確な答えは提示されている訳ではない。

本書では沢山の思考の種が与えられ、
後の使い方、選び方は読者に任せようということだろう。

神を信じるべきかどうか、
何が科学で、何が科学ではないか、
宇宙とは現状にたどり着くためにできたのか、偶然なのか。

そういう事を考えるためのヒントが本書にちりばめられている。

これらは知者と言われるような偉大な哲学者達が
あーでもない、こうでもない、と議論して、
未だ共通の答えが出ていない問題であることに注意したい。

自力では明確な答えがほぼ出ないであろう事に囚われるかもしれなくても、
それらの問題に触れてみたいと思うのか、
知らぬが仏、で、そういう問題に触れないで、
実際的なことに触れて生きるのか。
(触れて、自分だけが一番納得できる答えを選ぶ、という方法もある)

今までこういう問題に触れたことが無い人にとっては
この記事が蝶の羽ばたきになるかもしれない。

僕はもう囚われてしまったので、
前著
理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)
(2008/06/17)
高橋 昌一郎

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を既に予約してしまった。

今日は色々な議論に触れながら、
しばらく死ぬことを怖れていなかった僕が
死が震えるほど怖くなったり、
神や宗教の比較をしようとしてみたり、
神を信じて見たくなったり、
僅かな間に人生の変化の可能性を体験できた。

認識の変化の影響力の大きさと、
認識の変化の危険性を感じた日だった。



まだ今日は5時間半もあるんだけどね(笑)
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