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化粧をしたこと。服と自分の間。

そういえば、少し前、化粧をしてもらいました。

化粧をしたのは某化粧品会社に努め、
今は百貨店の店舗で研修しているひと(男)。

つまり男が男に化粧をする姿をUstなるもので、
ネットの海に垂れ流していたんですが、
本格的に化粧されるのは人生初だったので、
なんだか不思議な気分になりました。

肌がとっても綺麗に見えたり、
アイメイクって上目遣いよりも伏し目がちの時に活きることに気付いたり、
化粧の仕方によって輪郭(の印象)さえも調整できたり、
自分が(特に自分の美しくない部分が)美しくなっていく様、
それによって自分の心境が変わることを実感しました。

ただ、それだけではなくて、僕は
寝巻で化粧をされることの違和感も感じたのです。

そこで、もしかして化粧って、
自分と服(あるいは外部)との間に入る要素なのかな、と感じました。


自分自身の体はいつでもどこかに接続していて、
すぐに身体は変化に適応できないものなんだと思います。

たとえば寝起きの時は、身体は寝起きの状態で、
歯を磨いたり、ご飯を食べたり、服を着たりすることで、
徐々に自分を寝起きの状態から別の状態に持っていく。

その時に、化粧は、特に自分と服との間を
スムーズに接続する役割をするんじゃないでしょうか。

(化粧をしない)男でも、顔を洗ったり、
整髪することでそれに近いことをするのでしょうけど。

いくらスーツをびしっと着ても、
眼ヤニが残っていたり、髪がボサボサのままだと、
なんだか気分がにゅぅ~、ってなってしまう。

そこで、身体と服(や外部)とをうまく結び付けるものとして
化粧のようなものが役に立つのだと思います。

衣服には気分を変える役割がありますが、
その変化が急激では身体側がついていかない。

逆でもそう。

フルメイクでスーツをびしっと着て帰ってきたとき、
フルメイクのまま部屋着を着ても落ち着かない。

服装はオフモードなのに、
化粧によって身体がオンモードに引っ張られてしまう。

化粧ってのはある意味社会的な役割を果たしているのかもしれません。

僕は「すっぴんが好き」とか「すっぴんの方が綺麗」とか
思ったり言ってしまう人間なんですが、
綺麗だとかかわいいとかそういう問題だけではないのだろうと感じました。

よく考えてみると、(普段メイクをする)女の人は、
服を買う時も常にメイクをしているんだから、
メイクをせずに(外用の)服を着るというのは
不自然で仕方ない行為なのかもしれないですね。

メイクされた後、そんなことを考えていました。


そういう視点で男性向けの
「外部接続ツール」みたいなものが新たにできないのかなぁ、なんて思ったり。

香水などもありますが、
男の顔にはまだ使われていない(社会化されていない)面積が
沢山あるんだし。なんてことも思いました。


こんなことを偉そうにぐだぐだ書いておきながら、
僕は昨晩から化粧どころか服さえも着ていない状態なんですけどね(笑)
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