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グローバル化ってなんだろう

ちょっと前に楽天やUNIQLOの社内英語公用語化が話題になったわけだけども、
それ以前からずっとグローバル化については話題になっているわけで。

自分もアメリカに行って研究の手伝いしたり、
そこで向こうの人と交流してみたりして、
なんとなくグローバル化って何なのか、どうすればいいのかを考えていました。

きっと、僕も恐らくグローバル化しないといけないのですが、
グローバル化と言われてもどうすればいいのかよく分からない。

まぁ、グローバル化においてはやはり英語は欠かせないもので、
それは中国がここまで成長してきた今でも変わらないと思います。
(ところで今も影響力のある言語の2位はフランス語なのかな?
http://www2.ignatius.edu/faculty/turner/languages.htm 1997のデータ見つけたけど)

うにゃうにゃ考えた結論から言うと、
僕はグローバル化を図るのであれば
「自身の考えを世界に向けて翻訳し、自分の位置を解釈できるようになること」
というのが方法を取るのが適切なのかなぁ、と思っています。

そもそも、グローバル化と言っても、
「グローバル」というものは存在しないんですよね。

おそらく、グローバル化が指しているのは
「グローバルの一員となること」ということだと思います。

そう考えると、肝心なことや難しいことは
日本語で考えればいいんじゃないかと思います。

楽天であっても、UNIQLOであっても、
確か、会議が英語なんですよね?(違ったっけ?)

論理の積み上げとか、その辺は母国語でやる方が
恐らくクオリティが高くなるだろうし、
英語を使うのは、最後の発表の時点、
でいいんじゃないでしょうか。

そもそも、基本的には生後10年以上日本語で教育を受けるんだから、
全てを(思考まで)英語化しようとしても、遅れを取るだけだと思います。

見につけるのはブロークンな英語で良いのではないでしょうか。

最近、ツイッター上で
「綺麗な英語じゃないと馬鹿にされる」とか
「契約書などの厳密な書類に対応できない」
という意見を見ましたが、
そういうのは的外れな意見だと思います。

前者は日本語でもうまくしゃべれない人は馬鹿にされる対象になるし、
馬鹿にされるかどうかなんて気にしていたら歩きもできない。
言葉で馬鹿にされる≠仕事できない、人間的に劣る かと思います。

後者は日本語でも契約書レベルで対応できる人なんてほとんどいないんだから、
専門家に任せればいいだけの話だと思います。


また、仕事の仕方をいわゆる欧米流に転換しようとすることも
グローバル化だと僕は思いません。

それも結局、後追いになるだけだと思います。
よっぽどでないとオリジナルには敵わない。

そうなると、グローバルの一員と言うより、
欧米の子分みたいなものになってしまう気がします。

その点、UNIQLOの接客を日本流でやろうとする姿勢は
グローバル化と言えるのではないのでしょうか。

あとはそれをうまく翻訳(色んな意味で)することが課題になるのだと思います。

トヨタの「カイゼン」も自国内のやり方を海外に展開させた例だと思います。
上手く翻訳できたからこそ広まったのではないでしょうか。


しかし、グローバル化にあたって、
ただ単に自分のやり方を翻訳すればいいのではなくて、
自分の立ち位置を把握することが必要だと思います。

例えば、UNIQLOであれば、日本のクオリティの接客が
「海外でも珍しく、かつ優秀なもの」だと判断したから、
その手法を海外でも適用(翻訳)しようとしたのではないでしょうか。

もし、日本のピザチェーンが日本では珍しい(貴重)だからと
言ってそのまま海外に進出しようとしても、
「いや、海外にそういうのいっぱいあるし」
みたいな感じで失敗するのではないでしょうか。

つまり、グローバル化するのであれば、
自分の立ち位置を見極められないといけないと思います。


英語に関して、果てしない困難を感じている人がたまにいるようですが、
グローバルな場所においては「英語能力の戦い」ではないのだと思うのです。

そもそも重要なのは「内容」ではないでしょうか。

先日の渡米時にも、
ボウリングに参加して1ゲーム目に200近くのスコアを出したら、
会話のきっかけ、交流の機会ができたし、
論文で使うイメージ図を、教授が想定した以上のクオリティで出したら、
その後のNATOの発表資料を作る際もデザイン担当になり、
僕の英語が貧困でも頑張って伝えようとしてくれた。

日本語での思考が見についてしまっていて、
教育も日本語ベースで受けている日本人が、
全てを英語で勝負する、なんてしてたら貢献なんてできないと思います。

それより中身が重要。

日本文化や日本語での教育によって育まれ、
日本語で考えられるからこその発見もあるはずで、
それを最終的に世界の中での立ち位置を確認してから、
相手に分かるように伝えられれば(翻訳できれば)、
それが「グローバルの一員になる」ということだと思います。


もちろん、一個人がヒーローになるつもりなら、
完璧な英語能力を身につけたりする必要があるのかもしれないけれど、
日本としてグローバル化を目指すのであれば、
英語を完璧に身につけるのではなく、日本語の意義も考えながら、
英語での翻訳、立ち位置把握、ぐらいの目標を設定するのが適切なのではないでしょうか。

完璧に話せなくてもいいし、
だいたい読み聞きできればいい。
一発で分からなくても聞き返すことができればいい。

まぁそのレベルでも僕含めて現在ほとんどができないんでしょうが(汗)、
無暗に高い目標を掲げては教育含めて対策なんかできやしない。


なんだかTOEICやTOEFLの得点などの数値だけが独り歩きしたり、
海外で育った人が英語への危機感を徒に煽ったりするのをたまに見かけますが、
英語を職業にするわけじゃないんだから、
そういう人達の言葉を鵜呑みにしないで、
自分に適切な目標や目的を考えてみたらこの程度じゃないかという考えに至りました。


あんまり英語ばかりを気にして、内容が伴っていないと、
文字通り「話にならない」というオチになりかねないと思うのです。
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