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募金について考えてみた

 現在、東日本と言われる場所以外では、被災後、募金活動が盛んに行われている。被災直後、ある団体の募金活動では、梅田ヨドバシカメラ前の2箇所に2時間立って200万円程度のお金が集まったようだ。現在でも数十万円オーダーの額の募金が集まっているとのこと。

 そんなに沢山のお金が集まると聞いて私が考えたのは、
・それくらいの規模なら、少し工夫すれば数万オーダーの金額増が期待できるんじゃないか
・募金という方法の長所をちゃんと考えることでもっと広範囲の人を巻き込んだ支援ができるんじゃないか
という2点。

 何にせよ、まずは実情を知ることが必要だと思い、実際に募金活動を観察してみて、募金活動を主催したことのある人の話を聞いてみることにした。


【観察】
 募金活動の観察は、梅田のヨドバシカメラ前で平日、16時から合計1時間ほど、2か所にて行い、携帯電話に観察できた内容を打ち込む形で行った。
 1か所はヨドバシカメラの正面入り口側の横断歩道前の左右、歩道にある手すりに沿う形に9人ずつ並び、左右それぞれ、横断歩道側と、列の中央に1人ずつ、計4人の募金箱を持っている人が配置されていた。
 もう1か所はヨドバシの裏口の幅が広い横断歩道前に、左右、平行な列を作る形で6人ずつぐらいで並び、募金箱の配置は正面口とほぼ同じで、他はパネルを持っていた。

 双方ともに大きな声で募金を訴えるという形でアピールをしており、特に、横断歩道側の募金箱を持っている人は体力のありそうな男子がかなり大きな声で頻繁に呼びかけをしていた。

 まずは、正面入り口で入金の様子を観察しました。観察場所は、募金している正面の柱からと、入金の様子を観察するために傍の手すりからの2か所。そこでは大雑把に羅列すると、以下のような様子が見られた。
・ほとんどの募金は個人
・「気付き」→「財布を出す」→「募金する勇気を出す」→「募金」という段階を踏む
・子連れの母は必ずと言っていいほど募金する
・記録できた限りでは男女の入金割合はほぼ同じ
・高額入金をする人は気付くのが早い(かなり遠くで意思決定もしているようだ)
・信号待ちの時に決断する人もいるが金額は少ない
・信号待ち時間に財布を開けてやめる人、財布が見つからない人が諦める
・導線は入金額に大きな影響を与える(今回は右、横断歩道側の入金者数が多い)
・2人組で一人が入金すると、もう一人はほぼ確実に入金する
・特に、男女のカップルだと女が入金→男が高額入金という光景が見られた
・女子高生の2人組が、片方の財布から硬貨を2枚出して、2人で募金していた
・男性サラリーマンは小銭を入金することが多いようだ
・1人でオシャレな若い男性が高額入金しやすい(紙幣入金や、小銭入れの中全部入金)
・「オタク」を思わせる容貌の男性が小走りで近づき、小銭を入れる姿が何度も見られた
・横断歩道を向こうから渡ってくる人よりも、店側から渡る人の方が圧倒的に入金率高い

 また、裏口側では、店内ガラス窓から観察をした。そこで見られたことは、
・募金後パネルを写真に撮って説明を受けているF2ぐらいの女性がいた
・横断歩道が広いので、列の傍を通る人が少なく、信号待ちの時間に入金する人は少ない
・横断歩道対岸の右側は工事中だったので、導線のある左側の募金がほとんどだった
・記録の範囲では女性の入金人数は男性の約2倍
・こちらではあまり入金額が判断できなかったが、2人組が多い
・母が子供に小銭を握らせて入金させていた
・コムサ側というのもあるのか、スーツの女性が多い
・リクルートスーツの女性2人組が入金していた
・母娘(娘といっても恐らく20代)が財布を出した後に入金せずに店内に入る姿が見られた
・急いで募金して横断歩道を渡ろうとするが間に合わない、という光景を複数回見た

 裏口では入金自体が少なく、得られた情報の量はそれほど多くなかった。


【インタビュー】
 後日、実際に国際団体の活動として募金を複数回実施した団体代表に話を聞き、そこで得られた情報も箇条書きにすると以下のようになる。
・平時では1日、京都高島屋前に立つと2~4万程度の募金額が集まる
・高島屋などの場所の前でやると、募金の単価が高い
・おじいちゃんとおばあちゃんの入金単価が高い
・かれらは頑張っている若者に無条件に募金しているよう
・オシャレな男性は入金単価が高い
・2人組の片方が入金すると、もう一方も入金する
・海外の寄付の様子とはかなり違う(キリスト教圏の「寄付文化」を例に出していた)
・実際に立っていると、非常に疲れるが、それを見せないように努力している
・「浴衣を着て実施」などという遊び感覚があると運営側のモチベーションが上がる
・街頭に立つ人を集める時には、愛想がよい、爽やか、等の基準で選ぶこともある。
・京都では募金に許可が必要で、募金できる場所は市場河原町の4隅のみ
・三宮では申請なしで募金が出来るらしい
・京都で募金している人に聞き取りをした結果、許可無しの所も多いとのこと
・フリマより募金の方が用意が楽
・パネルを用意しても見てくれる人はほとんどいない


【インタビューと観察のまとめ】
 インタビューと観察の結果から、以下のようなことは募金に関して工夫をする際に役に立つのではないだろうか。

①-1 一人で歩いている高齢者、おばちゃん、オシャレ男子の単価が高い
①-2 「オタク」の入金数が高い
①-3 その他は効果的にリーチできているようには思えない
②「気付き」→「財布出す」→(「勇気出す」→)「入金」 各段階で脱落者が出る
③遊び心があると運営側のモチベーションが上がる
④場所、導線の効果が高い

 この辺りに関する定量的にデータを取り、効果的な管理をデザインすることで従来とあまり変わらない「街頭募金」という方法でも取りこぼしている多額の募金額を回収できるように思う。



【考察】
 ここで、最初に挙げた私の考えに関して少し考えてみる。
まず、「・それくらいの規模なら、少し工夫すれば数万オーダーの金額増が期待できるんじゃないか」について。
 これに関しては、特に、上記の①~④を考慮に入れることで、単価、入金数をより向上させる施策を実施できるだろう。特に②の脱落率を減らすことと④の場所と導線の設計はすぐにでも手をつけられる部分と言える。実際にこれらを活かすためには、募金活動を行う際に観察役やインタビュー役を作ることが効果的だと思う。また、このような役割分担は③への効果も期待できるだろう。

 また、「・募金という方法の長所をちゃんと考えることでもっと広範囲の人を巻き込んだ支援ができるんじゃないか」について。
 街頭募金の方法、主催者の言葉、募金する人などを見ていると、「一生懸命若者が支援しようとしているから」あるいは「被災者へhelpfulな気持ちを持っているから」という考えを刺激することで募金を促そうとしている/している人が多く見られる。しかし、それは募金という手段の特徴の一部分しか見られていない、つまり、見逃している部分があるのではないだろうか。

 私は、募金とは「人の何かしらの動機を金銭と言う単一の指標に変換し、集められた金銭を被支援者に送るために集金、入金する行為」というものだと考えている。ここでのポイントは「被支援者には金額のみでしか支援の程度が測れない」ということ。だから、募金者がどのような動機で募金していようが、換金された時点でその「想い」のようなものは剥がされる。少し寂しい気もするが、そう考えられると、もっと沢山の可能性を考えることができるだろう。
 実際、観察中も「きれいごと」以外の動機で募金しているであろう様子も見られた。例えば、「カップルの女性が入金→男性が多額を入金」という例では、男性は「カッコがつかないから」という理由で入金をしているように見受けられた。他にも、「募金箱を持っているのが仲の良い人だから沢山入れる」という動機で募金するのも想像できる。「遠くの募金箱に硬貨を投げて入ると、今日1日の運勢が良くなる」みたいな占い的な要素をつけると、遊び心を刺激して支援の為のお金を集められるかもしれない。そもそも、募金者が被災者に対して本当にhelpfulな気持ちを持っていたのなら近くのコンビニやネットで既に募金しているだろうし、そんな中で例えば「街頭募金」という手段を取るのであればもっと様々な動機にリーチしていく手段を考えるべきではないだろうか。「募金」×「会う」という組み合わせにはもっと多くの可能性があるような気がしてならない。

 twitterで募金をしている人と議論したり、流れている情報を読んでいると、「募金は誰でもできて、自分たちが出来ることはそれぐらいしかない」というような(ネガティブなニュアンスの)言い回しが目立つように思えた。しかし、それらの中に「募金の特徴」について言及しているものはほとんど見つからなかった。「普段の仕事がそのまま支援となる」わけではない人にとって、募金活動は現在できる数少ないの効果的な支援方法、というような考えに異論はないが、募金活動をするのであれば、もっと「募金活動」というものの長所を活かす形で支援すればいいのに、と思う。
 募金活動というのは、ほとんどの場合、被支援者に対しての想いから行われるものであるにもかかわらず、被支援者に届く時点では「想い」は完全に排除されているという特徴がある。つまり、少し言い方は厳しいかもしれないが、入金時点の「想い」には意味がない。それは募金という手段を取る限り、金額以外で評価できないからだ。そう考えると、有名企業家による数億の募金は、子供から集まった数万円よりも価値があるとみなされる(その数万円に価値が無いと言うことではない)。それが企業イメージ向上が目的だったとしても、それも関係ないことなのだ。
 その一見残酷に見える特徴に私は魅力を感じた。つまりどんな残酷な/卑怯な/くだらない動機であっても換金することで支援になる。例えば、競争心、承認欲求、嫉妬心、猜疑心のような強い気持ちにもっと注目しても良いのではないだろうか。もっと言うと、募金と言う手段を取ることで悪意を善意に変換することさえも十分可能である。もちろん、人を騙したり、法律に反することはいけないが、例えばチャリティーライブは音楽への動機を換金していると言えるし、他の動機によって支援すること自体は悪いことではない。ネットでの告知も容易になり、マーケティングの手法も発展し、優れた観察・分析手法も開発されてきた現在、新しい募金の形が見られないのは少し残念なことだと思う。
 最後に補足しておくが、この考察は「被災地へのhelpfulな想い」を否定している訳ではないし、むしろ私自身はその想いこそが活動の第一歩になると信じているし、自身でもそのような想いから活動を計画している。また、「街頭募金での声かけによる啓発」という面も考えられるだろうが、私にはどれほどの効果があるかどうかは分からない上、他のやり方との明確な差異は無いようにも思えるのであえて言及しなかった。
 私が願っているのは、活動をしている人達の想いがより欠損の無い状態で現地に届くことだけである。
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