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彼らを、いま、ここで、満足させること【書評】

同期に借りた本を読み切った。
なぜCEOの転進先が小さなレストランだったのか ―マネジメントを極めた男の物語なぜCEOの転進先が小さなレストランだったのか ―マネジメントを極めた男の物語
(2011/03/22)
パトリック・レンシオーニ

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貸してくれた本だからこそ、
ぼくが考えたことを正直に述べたい。


この本には、部下のマネジメントの方法が
エピソードを利用しながら書かれている。

ここでは、3つの問題を解決することで、
従業員が満足し、その結果競合にも負けないようなサービスや商品の提供も可能になる、
という理論を元にして話が展開される。

その問題というのが、
1.自分を認めてもらえず誰でも代わりのきくと感じる「匿名性」
2.自分の仕事が誰に対しても影響を与えず意味をなさないと感じる「無関係」
3.自分の進歩や貢献度を計ることができない「無評価」
の3つである。

主人公はこれらの基本的な3つの事項を一つ一つ解決していくことで、
社員が暗い顔で働いていた組織を鮮やかに立て直していく。

これは単純に見えるが、優れたマネジメント手法の一つだと思う。


これを読んでぼくが強く思ったことは、
「こんなマネジャーになってみたい」ということだった。


結末では、各従業員が幸せそうに働いているのだけれど、
ぼくは「彼らになってみたい」とは思わなかった。


冷静に状況を把握してみると、
社員が、薄給で、単純な作業にやりがいを見つけ、自主的に働く。
主人公であるマネジャーは、彼らに好かれて、仕事を任せて、高給取りで悠々と過ごす。


マネジャーは先の3つの問題を解決することで、
彼らの現状を肯定し、給与の格差をもうらやまれないほどの尊敬を得る。


これは、部下の立場では考えているようで、
上司の事情でしか考えていないのではないだろうか。
巧妙なすり替えがなされているのではないだろうか。


高給である人というのは様々なすり替えで
事情の説得ができる能力が必要なのかもしれない。


たとえば、
その人が取ったこともなく、その人だけが取る訳でも無い
「責任」などは典型的な説得材料と言えるだろう。


ふたを開けてみれば、普段は高給もらって、
問題が出たら辞めていくだけのはずである。

しかし、本人さえも「責任」というものに畏敬の念を抱き、
だれにも見えない「責任」によってその関係を支えている。


他にも、近年では
「やりがい」も代表的な説得材料になっているように思う。

安い給料でも、高い視点から考えさせていただくという貴重な経験。

その状態も逆から見れば景色が変わるはずなのに。



「お国の為に」、「自己実現に繋がる経験として」、
「自分の幸せの為に」、「周りのみんなの為に」。

このような前置きをいかに魅力的に見せるか。
(その能力は自らをマネジメントする際にも役に立つだろうし、
実際にぼくも、自分を信じさせることで自分を動かすことはしばしばある)


この本では、具体的な作業や地位の差が巧妙に隠されながら、
読者にも、作者にも、魅力的に思える物語が綴られていく。


本書の理論にしたがえば、
だれでも、今のままのポジションのまま、
幸せにさせられて、自分や組織の業績も良くなる、ということになる。


そううまくいくだろうか。
ぼくは"うまくいかない"とは思わない。


しかし、それが誰にとって一番うまいのか、というのは
大きな問題ではないのだろうか、と考えさせられてしまった。


マネジャーの立場から読んだ時、
この本の副題である「マネジメントを極めた男の物語」
というのは非常に納得させられるところがある。


それでは、従業員側から読んだ場合、
この本の副題はどういうものになるのだろうか。

頭の悪いぼくには、
「マネジメントを極めた男の物語」
と胸を張って肩を並べられるような副題をつけられそうな気がしないのだ。


本書では、元CEOの主人公が、
レストランの共同オーナーとしてメンバーと店を救った後、
別会社のCEOとして就任し、同じ手法を用いた計画で会社を救おうとする。

その計画を実行する前に、主人公と妻は以下のやり取りをする。

妻「どうしたの?」
主「ああ、少し心配なことがあるだけだ」
妻「仕事で?」
主「うん。みじめな気持ちになる仕事全体について」
妻「何がいけないの?」
主「わからない。自分のプログラムがふさわしくないところに、無理に当てはめようとしている気がするのかな」
妻「よくわからないけれど」
主「『ハンマーしか持っていないと、なんでも釘に見えてくる』ということわざは知っているだろう?」
主「このプログラムは誰にでもむいているわけではないのだろう。ぼくには何でもかんでも釘に見え過ぎているのかも」
妻「そうは思わない。違うわよ」
主「ずいぶん自信がありそうだな」
(以下、妻の長いセリフ以降省略)


この時に主人公が抱いた違和感には、以降、全く触れられない。
最終的な「成功」のようなものに回収されるのみである。


この、最後までうまく回収できなかった違和感の吐露は
マネージャーのみならず、著者にとっての引っかかりを描いているようにも思える。


この物語は、ハッピーエンドで終わる。

主人公は会社の業績を上げることができ、
従業員が幸せに働けていることを知り、
この物語で最大級の喜びをかみしめる。

登場人物みんなの幸せを彼が実感をして物語を終える。


さて、同様のことを登場人物のリックは思うだろうか。
彼は、登場人物全員が幸せだと言うだろうか。


もし、彼の視点から見れば、
巧妙に脇に寄せていたものが積み上げられているように見えるのではと思えてならない。
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