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経験者から学ぶ

昨日はサッカーをしました。
僕は球技が割と得意なんですが、
サッカーは完全に苦手分野でした。

でも、せっかく試合をやることになったなら練習しようぜ!
って言う後輩がいたので、それに便乗してみました。

結果、割とうまくなった気がします。
練習って大事ですね。
今まで、自分の動きやイメージを確認するという意識と、
それに十分な練習時間が無かったために、苦手だった気がします。

ちょっとサッカーも楽しくなってきた。


人の得意分野を見て学ぶということは有効なアプローチだと思う。
特に、初心者は初心者だけで固まらず、
経験者やエキスパートのもとで学ぶことで
確実な成長を図ることが出来るはずである。

何かを学ぶ際、初心者の段階(以下、「初心段階」)と
初心者の域を越え、自分なりの成長を図る段階(以下、成長段階)
では学ぶ姿勢は全然違うと思う。

大きく考えると、
初心段階では「まねぶ」ことを強く意識すべきで、
成長段階になると、ある意味手探りに近い状態になるが、
「自分を活かして学ぶ」ことを意識するのが良いと思う。


各段階で僕が有効だと思われることを細かく分けると、
初心段階では
「自分が下手だと認めること」
「基本事項はすべて『まねぶ』こと」
「大きな結果は求めないこと」

成長段階で大事なのは
「悪いところに気付けることを喜ぶ」
「自分の感覚(力感など)を完全肯定しないこと」
「捨てたり選ぶ勇気を持つこと」
「『自分を成長させる』という目的を忘れないこと」
「批評家に逃げないこと」

などが思いついた。

あと、学び全体においては、
「理解」と「定着」の双方を意識しないといけないと思う。



少しずつ解説も加えていく。
初心段階から。

「自分が下手だと認めること」

教えてくれる人や、見本にする選手に対して「大したことない」
などというスタンスで接すると、何も吸収できない。
言葉一つ一つに対して批判的に捉えると、
練習自体が楽しくなくなってきたりというメンタル面での悪影響もある。

例え、相手が大したことない人であろうと、
経験者であれば、自分よりは上手なはずで経験を通じた有効な知識もあるはず。

「相手はアリ程度だとしたら、今の自分はミジンコ程度だ」という
謙虚な学ぶ姿勢はきっと高い吸収率を生む。



「基本事項はすべて『まねぶ』こと」

始めは何も分からない。

経験者は上手くなくとも、一通りの動きを経験し、体系化しているはずである。
とりあえず初心者のうちは相手のでやっていることをまねる(まねぶ)ことを心がける。

まずは、「一通り出来る」ということが目標である。
「上手くなる」というのはその次の段階だと認識する方が良い。
その方が意識することが少なくて、結局、早い成長が見込めると思う。

また、とりあえず全てを経験してそれなりに出来るようになることで、
競技全体の仕組み等を知ることができる、ということも大事な要素だと思う。

まずは、全てまねぶ。
「型破り」をするは型を身に付けてからである。


「大きな結果は求めないこと」

すぐに上手くならないんだから、当然、派手な結果等出ることはほとんどない。
そこは自分で小さなステップを設定して、小さな進歩を楽しむ方が健全であると思う。

この行為ができるかどうかで、そのスポーツや作業を楽しめるかどうかが変わる。

だからこそ指導者は初心者に対して、小さなステップを設定し、
小さな成長を褒める、ということを意識すべきだと思う。

初心者にスポーツを教えるときは特にこの点が大事。
「努力しろ!」という精神論だけでは面白さを知る前にやる気がなえてしまう。
経験が大事な場面でも小さい成長に気付いてもらえると嬉しいし、
相手は前向きになれると思う。



成長段階についても触れる。

「悪いところに気付けることを喜ぶ」

経験が増え、多くの人と接することで、視野が広がり、自然と「見る目」も良くなる。
音楽等は典型である(音楽では「聴く耳」だが)。
そうすると、自分の弱点や未熟さが痛いほど分かるようになる。

そこで、くじけてはいけない。
「悪いところに気付けること」はいいことである。
「悪いところに気付けないこと」よりもよっぽどマシである。

後者だと改善もできない。まさしく手探り状態に陥る。
悪いところを見つけたときも成長だと思えるようにしたい。

ただし、見つけたことに満足して放っておいては意味が無い。



「自分の感覚(力感など)を完全肯定しないこと」

ある程度、成長してくるとあまり意識しないで、
感覚に頼るだけで「ある程度こなせる」という段階になってくる。

そして、自分の感覚でやれば出来るので、
自分の感覚だけに頼ってしまうようになりやすい。

確かに、自分の身体を動かすときには抽象的な感覚を使って動かすことになる。
しかし、そこは謙虚に自分の感覚による効果を見直すことが大事。
大抵、身体は自分の感覚どおりに動いていない。
相手の目には自分の思ったとおりに映っていない。

だからこの段階では自分の本当の姿を見ることが重要。
それを聴いたり、見たりすることで感覚と実際をすり合わせていく。

その段階で悪い面が発覚して成長できるかもしれない、
逆に、良い面を見つけて、自身に繋がるかもしれない。

特に、人間は「力むこと(力感)」「疲れること(疲労感)」に意義を見出したくなるので、
そういった感覚に対して、本当に正しいのかを検証する必要があると思う。

ちなみに僕はボウリングで指がほとんど痛くない。
余分な力感を否定することで球速も上がったし。



「捨てたり選ぶ勇気を持つこと」

視野が広がると多くのことが見える。
様々な成功者が目に入ってくると思う。
でも、彼らの良さを全て盗もうと思っても、
膨大な意識量、情報量になり、とても難しいと感じる。

だからこそ、自分に合った見本を見つける。

典型的なモデルは
ラオウとトキ by北斗の拳
が上げられる。

どちらもトップレベルの強さだが、タイプは真逆である。
どちらも、というのは無理があるので、
自分にあったor自分の好きなものを選ばないといけない。

ただし、選ぶといっても先が見えないようなタイプをモデルにしないようにしたい。
例えば、お笑いで鳥井みゆきのキャラのマネをして生きても、明るい先は想像できない。
(たとえマネをしてもアレだけのオリジナリティーだと「二番煎じ」といわれるのがオチである)


「『自分を成長させる』という目的を忘れないこと」

人を蹴落とすことは自分の成長には繋がらない。
競争心は向上のために使うべきだと僕は思う。

目的は「自分の成長」である。足の引っ張り合いではない。
そもそも、足の引っ張り合いでは限界がある。
小さな組織では成功したとしても、
外からの介入、あるいは大きな組織に入れば、
足を引っ張ってもビクともしない猛者もいる。

彼らと対等になるためには「自分を伸ばす」しかない。

それが分かった上での負けず嫌いはきっと大成する。

僕が一番成長すると思っている性格の1つが
「相手に自分の知識を惜しみなく提供する負けず嫌い」である。


「批評家に逃げないこと」

実践しないひとには、的確な批評はできない。と思っている。
言うだけなら誰でも出来る。
上でも言ったが、人が自分の身体を動かすときは
すべて抽象的な感覚で動かしている。

だから、例えばあるスポーツを物理学的に動きを分析できたとしても、
それはそのスポーツの解説ではない、と考えるようにしている。

「物理学的な事実」だけではそのスポーツに役に立たない。
「そのスポーツでの人の状況、感覚、イメージ」と結び付けられないと、
ただの空想で終わってしまう。

サッカーで「時速300kmのシュートを打てば絶対入るし」と言っているのと同じだと思う。

物理学、スポーツ科学を学ぶことはマイナスにはならない。
しかし、自信の感覚と結びつける、いわゆる「実践家」でないと、
そのスポーツでプラスにはなりえない、と思う。



最後に、「理解度」と「定着度」を上げる工夫も必要なことを忘れてはいけない。

今まで述べてきたことは「理解度を上げる」という面に重きを置いている。
しかし、一度理解しても、次の練習のときに忘れてはいけない。
そのために、文書・音声・映像等の記録を残したり、
毎日の練習を心がけて感覚を忘れないようにする努力が必要である。

僕はゴルフ・サッカー・考えたことについてのメモを携帯に文書化して残している。
それぞれ経験が少ないor力が無いので、
書き留めておかないとすぐに忘れてしまうからである。



これから新しいことにどんどん手をつけるつもりである。
来年からしたいことも決まってきたので、
それらに対して、あるいは今継続していることに対しても、
今日考えたことは参考にして学んで生きたいと思う。
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