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人は内面を磨くべきか、外面を磨くべきか

という議論は色んなところで行われていて、
大体の議論が「内面が大事だ」という結論に至ったりするのでしょうが、
この考え方には見落としている面があると思います。

内面と外面があるのなら、その間もあると思います。

境界。

内面と外面を隔てるもの。
かつ内面と外面を繋げるもの。

フィルターのようなものだと思います。

僕はそこを磨くことがとても大事だと思います。

フィルターと言うのは、
外のものをいかに内に伝えるか、または内に伝えないようにするか。
内のものをいかに外に出すか、または内に抑えておくか。
そういう選択をするものだと思います。

例を出すと、
文章作成能力、
コミュニケーション能力、
プレゼン能力、
情報リテラシー、
記憶力、
感受性と呼ばれるものなどがあるのだと思います。

こういうところを磨かないと、

せっかく良い内面を持っていても、外に適用できない。
例えば、
小学生の男の子が好きな女の子へ意地悪するのはこんな状態だと思う。

逆に、外で興味深くて自分の成長に繋がりそうなことでも、内に上手く伝えられない。
例えば、
同じセミナーを聞いても、
自分の必要なところだけ聞いて帰る人、
悪いところも反面教師にして、全てを学びにする人、
間違っているところだけを指摘し、批判して楽しむ人、
何も分からない(分かろうとしない)人、など内への伝え方が違う気がします。

内から外でも、外から内でも、
取捨選択、置換が確実に行われている。
だって、
内には言葉や外の道具で表せないイメージも沢山あるけど、
外でできるだけそれを表現するためには
何かを削ったり変えたり誇張したりしないといけない。
逆に、
外にあるものは人間の機能という制限のあるものの中に抑えるには、
全てをそのまま入れることは無理があると思うのです。


内面を劇的に変えたい、あるいは外面を劇的に変えたい、と思っている人は
特に、境界についても考えないと危険だと思います。

そうでないと外と内のバランスが大きく乖離してしまい、
その違いから新しい問題が出てきてしまうということは十分考えられると思う。


そのフィルターと言うか、アウトプット、インプットの方法に
ブレが無いと感じる人は自分にとって魅力的なのかもしれない。

僕はブレまくりですが。


最近、先生や研究者、研究の道へ進もうとする人を見ていると、
内→外の置換が苦手な人が多い気がする。

逆に、家族を始めとする頑固な人、院生でも諦めの気持ちが入っている人などは、
外→内の伝達に強い抵抗があるのだと感じる。

僕はどっちもまだまだだけど、
どっちかというと外→中の方が苦手かもしれない。
外のことが入っていかないというより、
過大解釈して入れてしまいがちな気がする。

それがリスク回避にもなりうるので、
慎重に磨いていかないといけないけれど。


評判の悪いライブをしたときに、悪いのは
自分の声なのか、機材なのか、相手の耳なのか、それともバランスが悪いのか、
という考え方は好きではないし、
一方的に自分が悪いと思うようにしているのだけど、

自分のことだけを考える際には、
内が悪いのか、境界が悪いのか、外が悪いのか、全体のバランスが悪いのか、
という考え方は有効だと思う。


人間に関して、内と外の2面だけで見るには不十分だと思うのです。
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