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感情が並行して存在している

僕は同時に複数のことをするのが苦手(ピアノとか音ゲーとか)。

2つのことを同時に並行して考えることも苦手。

ただ、いつも自分の中に違う感情が2つ存在しているのを感じる。

2重人格ではなくて、
「違う感情の同じ自分」が常に存在している。

感情の振れ幅が大きい自分と小さい自分。

思考パターンはほとんど同じ。好みも同じ。

外側に出ているのが感情の振れ幅が小さい自分。
基本的にずっと僕の中にいるのが感情の振れ幅が大きい自分。

いつもは振れ幅の大きい自分が心のずっと奥で、
すごく静かな感情を持って自分の目を使って世界を冷静に見ている。

落ち着いているとき、自分は小さいことを見逃さない。
見つけるのはいつも静かなほうの自分。

一方、ステージ上で緊張しているとき、
失敗に気付いて焦っているときは、
振れ幅の大きい自分は自分の身体から飛び出して存在している。
前に引っ張ろうとしてくる。
内側の僕はそれを常に抑えようとしているが、
暴走して聞く耳を持たず、身体を引っ張ってくる。
仕方なく自分は身体に力を入れて硬直させる。

2重人格ではない。
どちらも、自分が自分だと認める自分だから。

平行に存在している自分がいる。

同じものを見ているのに、感情の感度だけが違う。

感動しても泣かない。
身体は硬直し、鳥肌は立つ。
片方は一線を超えているが、もう片方はじっと我慢しているように思える。
心は震えている。

感情がほとんど一致しない。
振り子の中心はおそらく無感情より少し前。
コタツに入って好きな人が書いた本を読んでいるときは、
2つの感情が重なっている感じがある。

静かに、楽しんでいるとき。

それ以外のときは感情が2分している。
いくつも感情がある時でも、強い感情は2つ。

だから自分の表情が自分で分からない。
顔はどちらの感情に従っているのか。

僕は笑おうとしているとき、笑えているのだろうか。
奥深くにもぐってしまっている自分の冷たい顔が出ていないだろうか。
楽しさを感じている表面の自分がちゃんと頬を緩めているだろうか。

僕はいつも目の前のことを2つの感情で見ているようだ。

黒目の外側は表面に近い自分。
内側は短気な眠れる自分。

どちらも本当の自分。

今はどちらの顔をしているのだろうか。
自分で鏡を見ても分からない。

僕の顔はちゃんと笑えていますか。
そのとき、僕の言葉も笑えていますか。

病んでいるのかもしれません。
でも、これが病だとしたら、それは物心ついた時から病気だということです。
今、言葉にできただけです。

そもそも、これが病だとしても、
それがどうした。

病であるかどうかは僕にとって何の価値も無い。
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