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人の弱さを信じる

基本的には友人のことはかなり信用して行動しています。
僕は性善説が好きです。

ただし、人には弱さがある、ということも知っています。
頼みごとをしても、それをやってくれるかどうかは分からない。
相手の好意は信じているけど、結果に関しては頼んだ時点で自分の責任だと思っています。
自分に関することをやってもらうときは、やってこなくても責めない。
(他の大勢を巻き込むようなことであれば、注意するかもしれないけど)

だって、僕自信、頼まれたことを相手の要望通りにやってきた自信はないから。
そして、頼まれた時といざやるとなった時の意志の違いを知っているから。

昨日は結構集中して
予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
(2008/11/21)
ダン アリエリーDan Ariely

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「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす『あなたがそれを選ぶわけ』」
ダン・アリエリー 熊谷淳子訳
を読みました。
(楽しくて、「読むこと」自体を目的化してしまっていたところは反省)

この本には
人間って
「正しいと分かっていてもいざとなるとできないよね」
「合理的な判断って、ぶっちゃけ、現実的じゃないよね」
という視点で世の中を分析している。
実際に、実験の成果でも
「予想通りに」「不合理」であることを示している。

とてもおもしろくて、ビジネスにも私生活にも、
とても役立つことなんだろうと感じながら、かなり楽しめた。


一方で、この本の内容への興味と平行して一つの考えも生まれた。


「知ること」って幸せなの?

少なくとも「僕にとっては」幸せだと思う。


その理由は一つではない。
出来る限り正直に、恥を怖れずに考えられる理由を記述すると、

・賢い人とも話せるレベルになって、多くの人に通用する人間になりたい。
・好きな人達、ならびに他の人達の役に立つ知識を得たい。
・今年からの院生としての生活において尊敬されたい。
・成長することで長い目で見て、将来に楽できるようになりたい。
・成長している気がして嬉しいのかもしれない。
・男性の特徴の一つである、「人より知識をもっていたい、示したい」
・周りの人に褒められたい。
・嫌いなやつを見返したい。
などなど。

でもこれらは「理由を後付けしているんじゃないか」といわれると、
そうじゃないとは言い切る自信は無いし、本当にこれが理由なのかもわからない。

極論してしまえば「知りたい」から「知ろうとしている」のかもしれない。
自分のことだけど分からない。



「長い目で見ると幸せ」とか言ってるけど、今死んだらどうすんの?
とか
「周りはうざがってるよ」
とか
「嫌いなやつは相手にしない」
とか
「今、知っている幸せをずっと持っていたい」
とか
「嫌なやつはやっつけてしまえばいいんだ」
とか
「本で得た知識はなんか嫌だ」
とか
そういう意見を持っている人のことは想像できるし、反論もできる。
相手よりも説得力のあるとうな論理的なことも言えるのかもしれない。

でもそれを知らせることは相手にとって、幸せなのか?

僕にとってはあまり価値の感じられないことに対して、
いわゆる「自分流」で生きてる人は、僕の数十倍の幸福感を得ているかもしれない。

それを壊すことにはなりえないか。


例えば、
ある宗教を信仰している人がいて、
それが法律に反していたり、教祖がお金を搾取しているとしても、
その事実を信者に伝えることは相手にとっていいことなのか。

たとえ、
二十世紀少年の「ともだち」の意図を僕が知っていたとして、
それを国民に伝えることは正しいことなのか。
だって、ほら、みんな今までに無いぐらい幸せそうじゃないか。

誰かに首っ丈な女の子がいて、
その相手が女遊びで有名な人だとしたら、それは伝えるべきなのか。
あんなに幸せそうに自分がいかに男のことが好きなのか語っているのに。

プラシーボ効果という効果があることを
世界に公表することで、今までそれで治っていた人が
知識を持ってしまって治らなくなる、というのは善いことなのか。




僕が相手なら、善いと思う。んだと思う。
でも自分の予想だにもしないことだったら怖いのかもしれない。

「実は君は拾われたんだよ」
とか
「あなたは来年から宇宙空間に捨てられます」
とか
「あなたの声を聞くだけで全人類は不快になるんだよ」
とか、
自分にとって意外すぎる事実を突きつけられると、
(特に、今まで何も意識せずに行ってきたことが悪い、と知ったら)
ショックを受けると思う。


そして、僕が現在興味を持っている分野は
人にとってはそうなりうる分野だと思う。

いいのか。それを言っても。


「見るのは自己責任で」
というのは無責任すぎやしないか。



という疑問が出る。



ただ、僕は書きたい。
それでいいんだと思う。
しかし、迷惑をかけているのかもしれないことは頭に残したいし、
必要以上の迷惑をかけないようには心がけたい。
(余計な個人の中傷などはダメだ)


究極的に言ってしまうと、
あらゆる人のことを考えてしまうと、
動けないことは分かっている。

「好きな人達」という条件をつけても
それでも、僕の好意からの発言が傷つけてしまう可能性も大いにある。


僕にはそういう自分という人間の考え方の弱さを認識することぐらいしかできない。
その上で知識を得て、人に話していくのが、
(意識なんか相手に見えないから、きっと自己満足なのだろうが)
僕のできる数少ない配慮なのかもしれない。


僕はもっと知りたいんです。
僕はもっと話したいんです。
僕はもっと求めたいんです。

きっとそう、それだけなんです。
自分の基準で動く限り、全ての行動が自己中心的。
(好きな人達に迷惑をかけたくない、と思うのも自己中心的)

ここ(日記orブログ)では知識を出すことに対しては、
遠慮はしないことに決めました。今。

ここでは読み手が知識や僕の考えを知ってしまうことに
対しては無責任になることにします。

そのほかの、文体等に対しては、
友人に向けるいつもどおりの配慮程度がいいのだと信じて書こうと思います。


哲学は一致しないコトがよくわかりました。
人を変えようとするのはとても愚かな行為だと思うのが分かりました。

もし、僕の文章を見て、
「読み手のある考え」が「読み手の価値観」に沿って
「善い方向」に発展するきっかけになれば僕は嬉しいなぁ。

ただその程度の個人的でわがままでささやかな思いでしかないのかもしれない。

なんて思いました。

Everyone, always thank you.
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