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反射的なかわいいを反射的に受け入れない

誰かが何かを見て、見るとほぼ同時に「かわいい」と言うときは、
反射的に僕の心は受信拒否モードになってしまいます。


動物が目に入った瞬間に「かわいい!」とか
赤ちゃんを見たとたんに「かわいい!」とか
女の子を見た瞬間に「かわいい!」とか。


そういうのはその人独自の感覚による反射的な行動であることが多く、
そういうものには大体、同調できない。


僕の評価するものが、静的なもの(写真とか)でないからかもしれない。
僕はおそらく、動的なもの(仕草や変化)や組み合わせなどに感動する人間なのだろう。


だから、動物、というだけでかわいいとは思わない。
動物の、あの仕草がかわいい、とか、動物の、あの角度がかわいい、とか
そういうところをどうしても見てしまう。

子供を見た時でも、
(塾講師の経験が長いから、あるいは子供の世話をする機会が
多かったというのは大きく影響しているだろうけど)
素直に、子供を見るだけでかわいいとは思えない。

むしろ、あんまり触れ合いたくない。
なんでか知らんけど、初対面の子どもになつかれることが多いし。
そうなるとめんどくさい、っていう気持ちが先に出るから負のイメージがあるかもしれない。

でも、素直な子や、一生懸命な子供は僕の目にも輝いて映る。


同様に、女の子でも見た瞬間にかわいい、と言われても、
僕は大概否定してしまう。(もちろん心の中で)
だって別にかわいいと思わないから仕方ない。

もし、それで「ひどい」などと責められるならば、
その人の「かわいい」という言葉は社交辞令的なことなんだろう、と思ってしまう。

僕はきっと、その人の話し方、仕草、行動に注視し、評価してしまう。
僕にとっては「かわいいことをする人・生む人」がかわいいのかもしれない。

もちろん、「芸能人かと思うほど整った顔」に惹かれることはあるが、
僕は同時に、それほど整った顔だからこそある、
「もてはやされ」の経験による性格への影響を深読みしてしまう。

まぁ、でも先日は「内面も外面も良く出来てるなー」
と思わせるような人に出会いましたが。

こんだけウジウジいっときながら、どちらも兼ね備える人に出会ったら、
それはそれで一歩引いた位置から見てしまうのも不思議。



静的なかわいい、って格差を生むし、発展性が無い気がします。

「成績がいいからすごい」というのと似ていて、
成績が伸びている人を評価しないし、全員の伸びを阻害している発言だと思います。

僕にはそういう意識が常にあるのかもしれません。


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