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分かり易いこと、楽しいことはそのイベントの目的ではない

最近、「しゅうかつ」という単語をよく聞きますね。
セミナーとか本とか、そういうところに足を運ぶ人もたくさんいるようです。
今日の内容は別に、普段大学の授業を受けているだけの人にも言えることです。


では、いいセミナー(本or講演)とはなんだろうか。


僕は、大学の授業の形式にずっと不満を持っていたが、
今は、学生の側の意識にも問題があると思っている。


大学の先生の多くが「内容をうまく説明できればいい」と思っている気がする。
多くは語らないが、それが求められているのは学会だと思う。

大学生の多くが「楽しい、分かり易い、優しいこと」を求めている気がする。
それでいいのか。ずっと補助輪を求めているようなものだと思う。



残念ながら、学生に支持されるような(特に、声高に宣伝されているような)
セミナーというのは、楽しい、分かり易い、優しいセミナーだと思う。

何をしにそのセミナーに行ったのか。

現時点これからの自分に何が残りそうなのか。

そういうことがいつのまにか抜け落ちて(向こうもそれを狙っているのかわからないが)
楽しかった=満足、分かりやすかった=満足になってないか。


それよりも、あの分かりにくい授業の方が実は得るものが大きいんじゃないか?
そう僕は思うのです。



そもそも、分かりにくい授業かどうかは
内容が分からない人には判断できないはず。
(先生はものすごく難しい内容を、分かり易く解説しているかもしれない)



分かり易いかどうかを判断基準にしてしまうと、
分かり易いことばかりを学ぶことになりかねない。


難しいことは「分かり易く解説する人」が登場しないと
理解する機会が失われてしまう。つまり、運次第ということになる。


それでいいのかいな。


皆が読むようなベストセラーの分かり易い本を読んで学んだことは、
きっと誰が読んでもすぐに身に付くことなんではないか。


セミナーの後に、参加者みんなが「楽しかった!」と言っているようなときには、
僕は「自分が何を得たのか」を考えるようにしている。

それで、何かを得られたような気がしなければ、
今からでもそのセミナーを自分の力になるように工夫するか、
もうそのセミナーにはいかない。


楽しむためなら他で遊んでる方が面白いし。


「楽しむ」ことを否定しているのではない。
でも、楽しいことに満足してはいけない気がする。


僕は「自分で楽しみをみつける」=「楽しむ」ことには意義を感じるけれど、
「皆が楽しめること」=「楽しい」からといって評価したくはない。


名前は出さないが、昔、あるインターンセミナーに参加した。
そこでは、その場でしか通用しなさそうなゲームが展開され、
楽しみばかり追い求められ、果てには個人の友好関係にまで踏み入れてくる。

フィードバックでむっちゃ批判をしたら落ちた。


その企業のセミナーでは短期的な学生のことしか考えていない気がした。
まぁ、素直な学生を食い物にしているのだろうなと思う。


コーチングという名のもとに、
たいした勉強もしていなくて、技術もないまま相手に接して、
どんどん相手をダメにしていく人も見かける気がする。


「友人からの励まし」という名の底なし沼にずっと浸かっている人もいる。


そこから抜け出すには、自分で知り、考え、判断するしかないと思う。


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