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ひねくれた意見も誰かを救う

むしろひねくれた意見こそが、「貴重な視点」を与えてくれる。

変な意見は議論する余地もなく棄却しないといけないこともあるけれども、
そういう意見が誰を救うのかを考える必要があると思う。

自分勝手な、過剰な道徳論で力を発揮できないでいる人はたくさんいると思う。
彼らをもっと生き生きさせられる手だてはないだろうか。

クリスタルポジティブな人の無意識の攻撃性をどうにかする秘策は
責められている側にきっとあるはずだと思うんですよ。にちゃんとか。

肯定というのは「否定」を否定しているということ。
肯定的な考えを讃える人はそういうことをほとんど意識していない。

人は生まれたときから正義を教えられる。
一方的なネガティブの否定をする。
バイキンに対して容赦なくアンパンチする。

子供のころから責任の押し付けあいも学ぶ。
「誰が悪い」「~のせいだ」など、自分のせいだと思わない。
そんなことを幼稚園の時点で覚える。

それらの結果、抑圧される対象が生まれる。
彼らに対して思いやりが無いことが多い。
完全な人格否定も時には許容される。

それで人間の創造性が閉ざされるのはもったいないなぁ。
そういう人はダイバーシティとかいう舞台の上にも立てない世の中なんだろうな。

どうにかしたいなー。
あ、別に、全ての人間を救おうとなんて思っていないです。
ただ、そういう人の多くにクリエイティブが埋もれている気がするんですよね。
ふにゃふにゃ生きている僕なんかよりも相当。

書評でもしようと思ったけど、
企業研究してたら時間が来ちゃったのでまたこんどにー。


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